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東京地方裁判所 平成4年(ワ)14509号 判決

原告

平島千恵子

天野和子

近藤瑞枝

右原告ら訴訟代理人弁護士

山本眞一

橋本佳子

今野久子

井上幸夫

被告

三陽物産株式会社

右代表者代表取締役

中塚静夫

右訴訟代理人弁護士

中町誠

主文

一  被告は、原告平島千恵子に対し、金四四二万三五七四円及び内金一七三万六九〇九円に対する平成三年五月一四日から、内金二六三万三一六五円に対する平成六年二月二五日から、内金五万三五〇〇円に対する同月二六日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告天野和子に対し、金二一四万一二四三円及び内金七四万五五三〇円に対する平成四年八月二九日から、内金一三四万四三一三円に対する平成六年二月二五日から、内金五万一四〇〇円に対する同月二六日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告近藤瑞枝に対し、金二二二万二〇八一円及び内金七七万二九九八円に対する平成四年八月二九日から、内金一三九万五五八三円に対する平成六年二月二五日から、内金五万三五〇〇円に対する同月二六日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四  原告らが毎年四月一日時点での実年齢に応じた本人給を受ける労働契約上の権利を有することの確認を求める訴えを却下する。

五  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

六  訴訟費用は、原告平島千恵子と被告との間においては、これを二分し、その一を同原告の負担とし、その余を被告の負担とし、また、原告天野和子及び同近藤瑞枝と被告の間においては、これを四分し、その一を同原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

七  この判決は、第一項ないし第三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一被告は、原告平島千恵子に対し、金一一八五万三二四一円及び内金五一六万六五七六円に対する平成三年五月一四日から、内金六六八万六六六五円に対する平成六年二月二五日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二被告は、原告天野和子に対し、金三一四万一二四三円及び内金七四万五五三〇円に対する平成四年八月二九日から、内金二三九万五七一三円に対する平成六年二月二五日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三被告は、原告近藤瑞枝に対し、金三二二万二〇八一円及び内金七七万二九九八円に対する平成四年八月二九日から、内金二四四万九〇八三円に対する平成六年二月二五日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

四原告らが被告に対し、毎年四月一日時点での原告らの実年齢に応じた本人給を受ける労働契約上の権利を有することを確認する。

第二事案の概要

本件は、原告らが被告に対し、被告は男子従業員に対してはそれぞれの実年齢に対応した給与表に基づく本人給及び一時金を支払っているのに、原告らに対しては実年齢より低い二五歳又は二六歳相当の本人給及び一時金で据え置いてきたのは、原告らが女子であることを理由に男女差別扱いをしたものであるから、労働基準法四条の男女同一賃金の原則に違反するものであると主張して、債務不履行ないし不法行為を理由として実年齢に対応した本人給及び一時金から受領済みの二五歳又は二六歳相当の本人給及び一時金を控除した差額並びに慰謝料の支払を求め、かつ、実年齢に応じた本人給を受ける労働契約上の権利を有することの確認を求めるものである。

一争いのない事実等

1  被告は、酒類食品等の卸しを業とする株式会社で、本社は大阪市にあって、関西を中心に支店、営業所があり、東京には中央支店、城東支店等がある。

2  原告平島千恵子(以下「原告平島」という。)は、昭和三九年六月に株式会社鷲谷商店に入社し、昭和四八年五月に同鷲谷商店、株式会社中塚商店及び株式会社鳥井商店の三社が合併して被告が設立された際、被告の事務職として採用され、現在、中央支店業務課に所属している。また、原告天野和子(以下「原告天野」という。)は昭和三九年四月に、原告近藤瑞枝(以下「原告近藤」という。)は、昭和三七年一一月にそれぞれ日比野商店株式会社(昭和五〇年一月一日に株式会社日比野と社名変更)に入社し、同社が平成三年一〇月一日に被告に吸収合併された際、同原告らはいずれも被告の事務職として採用され、現在、原告天野は城東支店業務課に、原告近藤は中央支店業務課にそれぞれ所属している。

原告らは、入社以来いずれも住民票上の非世帯主の女子である。

3  被告は、就業規則において、賃金については別途定める給与規定に従って支払う旨を定めているところ、昭和六〇年一月二一日に従前の給与体系を改定し、新たな職能資格制度を採用した(以下「新給与制度」という。)。新給与制度の下での給与規定によれば、所定内給与は基本給と諸手当であり、うち基本給は本人給と資格給とに分かれる。

4  新給与制度では、本人給について、「①最低生計費の保障を目的に、原則として社員の年齢に応じ別表に定める額を支給する。②適用年齢は実年齢二五歳まではみなし年齢(学齢)とし、それ以降は実年齢をもって支給する。③適用年齢は毎年四月一日をもって定める。④非世帯主および独身の世帯主には所定の本人給を支給しないことがある。」と規定された(以下、これを「本件給与規定」といい、そのうち④を「本件例外規定」という。)。

5  昭和六〇年四月、本件給与規定中のみなし年齢が二五歳から二六歳に引き上げられた。

6  被告の作成した平成二年度版の「新『給与制度と退職金制度』の概要」と題する書面中の「本人給」の欄について、本件例外規定が、「非世帯主および独身の世帯主で、かつ本人の意思で勤務地域を限定して勤務についているものには、所定の本人給の適用はみなし年齢二六歳までとする。この勤務地域の限定・無限定は本人の希望によって変更できるが一回限りとする(この場合、書面により管理本部長宛申し出る)。(注)勤務地域とは、関東・関西・福岡の三地域を指す。」と改められた(〈書証番号略〉、証人中塚昌治の証言〈第一回〉)。

7  被告の夏季及び冬季一時金標準支給額の計算式は、本人給配分、資格給配分及び役職加算部分の合計で算定され、各部分は、本人給配分=本人給×(M+加算ピッチ)、資格給配分=資格給×(N+加算ピッチ)、役職加算部分=役職加算P×1で算出される。加算ピッチの係数は、本人給適用年齢に従って、二三歳ないし二五歳は0.04、二六歳ないし二八歳は0.08、二九歳ないし三一歳は0.12、三七歳以上は0.2、と定められている。

8  被告は、非世帯主及び独身の世帯主の従業員にはみなし年齢の本人給を、家族を有する世帯主の従業員には実年齢に応じた本人給を支払うという基準(以下「世帯主・非世帯主の基準」という。)、勤務地域を限定して勤務についている従業員にはみなし年齢の本人給を、勤務地域を限定しないで勤務についている従業員には実年齢に応じた本人給を支払うという基準(以下「勤務地域限定・無限定の基準」という。)がいずれも有効に存在することを前提に、原告らがいずれも非世帯主で、かつ、本人の意思で勤務地域を限定して勤務についている従業員に当たるとして、新給与制度が適用された昭和六〇年二月当時四六歳であった原告平島に対し、同年二月、三月は二五歳に相当する本人給及び二五歳に該当する加算ピッチ係数による一時金を、同年四月以降は二六歳に相当する本人給及び二六歳に該当する加算ピッチ係数による一時金を支給してきた。また、原告天野及び同近藤は、被告の従業員となった平成三年一〇月当時、それぞれ四六歳、四九歳であったが、被告は、同原告らに対し、同月以降二六歳に相当する本人給及び二六歳に該当する加算ピッチ係数による一時金を支給してきた。

二主たる争点

1  被告が原告らに対し、世帯主・非世帯主の基準及び勤務地域限定・無限定の基準を適用して、原告らの実年齢に応じた本人給及び一時金を支給せず、昭和六〇年二月、三月は二五歳に相当する本人給及び一時金を、同年四月以降は二六歳に相当する本人給及び一時金を支給してきたことが、労働基準法四条の男女同一賃金の原則に違反するか。

2  原告らは、本件給与規定に基づいて、当然に、実年齢に応じた本人給及び一時金の賃金請求権を有するか。

3  原告平島の賃金請求権ないし損害賠償請求権に対する被告の消滅時効の主張が権利濫用となるか。

4  毎年四月一日時点での原告らの実年齢に応じた本人給を受ける労働契約上の権利についての確認を求める訴えは、確認の利益があるか。

三当事者の主張

1  原告ら

(一) 被告の新給与制度導入の経過

昭和五九年一一月末あるいは一二月初めに、原告平島が所属していた総評全国一般労働組合東京地方本部中部地域支部三陽物産分会(以下「全国一般労組」という。)は、被告から給与制度改定の委嘱を受けた株式会社セントラル経営センターの説明会において、新給与制度では本人給の支給基準を世帯主か非世帯主で分けると説明されたことに対し、女子は一般に非世帯主であることから、女子の本人給が二五歳相当の本人給で頭打ちとなり女性差別であると追及したところ、右経営センターの担当者は、「女子の結婚適齢期は平均的に二五歳」、「世間一般的に女子は男子よりも賃金が低い。」と答えた。

また、同年一二月一八日、新給与制度に関する第一回団体交渉が実施され、全国一般労組は、ここでも本人給二五歳据置きが女性差別であることを追及し、その後も何回か団体交渉が行われたが、被告は、「世帯主と非世帯主の差だ。」というのみであった。

(二) 新給与制度導入後の本人給の支給実態

(1) 新給与制度導入後、非世帯主及び独身の女子については、本件例外規定を適用して、昭和六〇年二月からは二五歳相当の、また、同年四月からは二六歳相当の本人給しか支給されなかった(二五歳から二六歳に引き上げられたことについて、被告の説明は「結婚年齢が一歳上がったから」というものであった。)。しかし、男子に対しては、親元に同居している非世帯主であろうと独身の世帯主であろうと、全員例外なく実年齢に応じた本人給が支給されてきている。この点についての被告の説明は、「男子は結婚すれば世帯主になる可能性があるということで、実年齢で支給する。」というものであった。

被告は、本人給を家族を有する者に対する生活給であると説明しながら、実際の基準は住民票上の世帯主か否かで決定し、しかも、男子には世帯主か否かに関係なく、実年齢に応じた本人給を支給してきたのである。確かに、家族を有する住民票上の世帯主となった女子に対して実年齢に対応した本人給が支給された事実はあるが、それはごく少数の例外であるから、これをもって、ほとんどの女子従業員の本人給を二六歳で据え置くことを意図して現実に差別を行っていることを正当化することはできない。

(2) 全国一般労組は、新給与制度導入後も本件例外規定の適用による女子従業員の本人給差別を是正するよう要求してきたが、これに対する被告の回答と説明は、「もともと本人給とは生活給的部分であり、自ずから家族を持つ世帯主と非世帯主あるいは独身世帯主の生活の実態は異なるものであり、その違いからくる運用の違いである。」、「男子は結婚すれば世帯主になる可能性があるということで、実年齢で支給する。」、「男は一家の大黒柱だから」、「(男子の賃金が高いことについて)社会的尺度がそうなっている。」、「あんたたち、女と同じ賃金でいいのか。」(男子組合員に対する発言)などというものであり、男女差別を認める発言を繰り返している。

(三) 勤務地域限定・無限定の基準に関する事実経過

(1) 昭和六一年二月、全国一般労組は、中央労働基準監督署に対し、本件例外規定は女子差別であることを理由に、女子従業員にも実年齢に対応した本人給が支払われるべきことを求めて申立てを行った。中央労働基準監督署は、調査を進めた結果、昭和六三年五月ころ、非世帯主・独身の女子従業員に対する本人給二六歳据置きは女性差別のおそれがあるとして被告に指導し、これに対して被告は一年以内に見直すと回答した。なお、中央労働基準監督署は、同年四月から五月にかけて被告を三回呼び出して調査を行ったが、被告は、その三回目の呼出しの際、突如、広域配転の問題を出してきた。

(2) 被告は、平成元年九月五日に至り、全国一般労組に対し、突然、「勤務地域限定・無限定」を本人給支給の基準に追加する旨の協定書を提示し、調印を求めた。しかし、全国一般労組は、「勤務地域限定・無限定」がこれまで被告において問題とされたことはなく、被告の右提案は男女差別を隠蔽するために持ち出したものとして拒否し、内容の交渉にも全く入らなかった。

被告の就業規則は、第四章で配転・出向等を定めているが、そこには「勤務地域限定・無限定」、「広域配転」について何ら規定がないし、昭和六一年四月一日に施行されたという給与規定にも「勤務地域限定・無限定」の規定は全くない。

また、被告は、本件例外規定に勤務地域限定・無限定の基準を加えたことについて、全国一般労組にも従業員にも全く説明もせず、通知すらしていない。

(3) 被告は、平成元年九月、全従業員に対してではなく、非世帯主及び独身の世帯主の従業員に対してのみ、勤務地域確認票を配布した。被告は、それまで勤務地域確認票というものを従業員に配布したことはないのに、勤務地域限定であれば本人給はどうなるのかという説明文もつけず、突然、確認票だけを配布したのである。

被告は、勤務地域確認票をその他の従業員(男子)には配布していない。被告は、男子は全員「勤務地域無限定」と扱っているというが、勤務地域の限定・無限定については、本人の希望により変更することができるといいながら、実際に右確認票を送付したのは非世帯主、独身の世帯主の従業員に対してのみである。仮に勤務地の変更の機会を与えるというのであれば、全従業員に対して確認票を配布すべきは当然なのに、それをしていないこと自体、全く実体のない形式的手続を行ったことを意味する。

被告が配布した勤務地域確認票には、一方的に男子従業員は全員勤務地域無限定、女子従業員は全員勤務地域限定と書き込まれていた。男子従業員全員が勤務地域無限定である理由として被告があげるものは、「男子は全員営業社員になる可能性がある。」、「営業社員は広域配転の可能性がある。」というのみで、それ自体男女差別の意図を明らかにするものである。

なお、こうした勤務地域確認票の配布後、それによって本人給額が変更になった従業員は一人もいなかった。非世帯主や独身の女子従業員については本人給二六歳据置き、男子従業員は全員実年齢に対応した本人給の支給という実態は、従前と全く変わっていないのである。

(4) 被告は、株式会社日比野と平成三年一〇月一日合併したが、同会社は、本社及び支店、営業所が東京にあり、東京以外には川崎市に営業所が一か所あるだけである。そのため、同会社においては、「勤務地域限定・無限定」の定めもなく、いわゆる広域配転というものもなかった。

株式会社日比野においては、同年九月半ばころ、合併に先立ち、各従業員と代表取締役との個人面談が行われたが、例えば、原告天野の場合、面談が終り同原告が帰ろうとしたときにあわてて、「渡すのを忘れていた。関東限定にしてあります。」と言って勤務地域確認票を渡されただけで、勤務地についての説明は全くなく、限定・無限定を変更することができるという説明もなかった。原告近藤に対しても同様であった。

(四) 各種手当による男女間の賃金格差

被告は、男子従業員について、第一に家族を有する世帯主は生活費が多くかかる、第二に非世帯主及び独身でも営業につく可能性があり、営業につくと広域配転の可能性があり、広域配転すると生活費がかかるという理由で、例外なく本人給を実年齢で支給している。さらに、被告は、男子従業員に対しては、営業手当(係長、課長代理以下の営業を担当する者に支給される。中元や歳暮時にはさらに営業特別手当が加算されることがある。)、家族手当(税法上、扶養家族を有する者に支給される。)、住宅手当(家族を有する世帯主、独身の世帯主、その他というランク付で支給される。)及び地域生計手当(関東地区在勤者で家族を有する世帯主に支給される。)を支給しており、被告のいう生活費に対する特別の手当をしている。これに対して、例えば、原告平島が支給されている手当は住宅手当のみであり、さらなる男女格差を生ぜしめている。

(五) 本件例外規定の制定と運用の意図

(1) 本件例外規定は、女子従業員に対し実年齢に応じた本人給を支給しないことを意図して制定され運用されてきた。

本人給は、いわゆる年齢給であり、労働の質や量等とは無関係に、年齢に応じて支給されるものであるから、年齢以外には合理的な理由がない限り差を設け得るものではない。本件例外規定自体は、男女を問わず、非世帯主及び独身の世帯主について、本人給を支給しない場合もあれば、支給する場合もあると解釈することが可能である。ところが、実際には、男子従業員の場合には非世帯主あるいは独身の世帯主であっても、全員実年齢に応じた本人給が支給されてきた。これに対し、女子従業員には本件例外規定を適用するとして、本人給を二五歳又は二六歳相当の本人給で据え置いている。被告は、本件例外規定を設け、それを男子従業員に適用せずに女子従業員だけに適用し、本人給で女子を差別しているのである。被告は、本件例外規定を男子に適用することなどはじめから考えていなかった。そうでなければ、例えば、親元を離れている独身世帯主の男子従業員や親元にいる非世帯主の男子従業員を、女子従業員と同様に本人給二五歳又は二六歳で据え置くはずである。ところが、男子従業員は全員実年齢に応じた本人給が支給されているのであるから、本件例外規定は女子従業員だけに適用する規定とみるしかない。

(2) 本人給を据え置いた年齢自体からも、女子従業員に対する差別を意図して本件例外規定を制定したことは明らかである。

二五歳、二六歳という年齢は、女子の結婚年齢を基準にしたものである。結婚した男女が世帯を構成する場合、夫を世帯主とするのが社会通念であって、結婚した男女の圧倒的多数は、夫を世帯主として届けているのが実態である。したがって、ごく少数の例外を除いて、女子は結婚すると非世帯主になるので、実年齢に対応した本人給の支給はされないことになる。被告は、女子従業員は結婚したら世帯主にはならないということを認識したうえ、それを口実に本人給を低く抑えようとして、本件例外規定を制定したのである。

被告は、女子従業員が二五歳又は二六歳を過ぎても独身である間は、親元に暮らしていようが、あるいは一人で暮らしていようが、非世帯主又は独身の世帯主であるとして本人給を二五歳又は二六歳相当の本人給で据え置き、結婚すればしたで非世帯主であるといって女子従業員の本人給を二五歳又は二六歳に据え置き、一貫して女子従業員の本人給を低く抑えることを意図したのである。

(3) 被告は、本人給は家族を有する世帯主に対する生活給であると説明し、「一般に非世帯主及び独身の世帯主は、既婚の世帯主に比して必要な生活費が低いのが実情であるから、本人給の取扱いについてこの実情を反映した。」とか、「家族を有する世帯主の女子には実年齢の本人給を支給している。」などと説明している。しかし、このような説明には全く理由がなく、明白な女性差別を正当化することはできない。

第一に、そもそも住民登録は、住民基本台帳法に基づき、居住する区や市町村の地方自治体に届け出てなされるものであるが、それは行政目的から登録を求められているのであって、住民登録上の世帯主か否かを賃金決定上の基準とすること自体合理性がない。

第二に、住民票上の世帯主であるかどうかを基本給である年齢給の額を決定する基準、しかも二五歳又は二六歳で据え置く基準とすることは不合理極まりない。住民基本台帳法では世帯主について定義がなく、世帯構成員の誰かを世帯主として届け出れば受理されているのが実態であり、夫婦のいずれが世帯主になるかは、その家族関係の実態や世帯構成員が勤務する場合の労働契約とは何ら関係がない。

第三に、世帯主か否かは、生活費の多少とも無関係である。住民票上の世帯主か否かは、配偶者が働いているか否か、働いている場合の収入の多寡、さらに子供がいるか否か、いる場合の人数とは全く関係がない。必要な生活費は、結婚、そしてその後の状況によって、増える場合もあれば減る場合もあり、全くまちまちである。住民票上の世帯主であっても、配偶者を扶養している場合もあれば、そうでない場合もあり、子供がいる場合もあれば、いない場合もある。このように、既婚の非世帯主の生活費が既婚の世帯主の生活費より低いという必然性は全くないのである。なお、独身の世帯主でも同様のことがいえる。また、被告は、諸手当を支給することによって、家族を扶養する従業員については、特別な手当てをしている。

(六) 勤務地域限定・無限定の基準の必要性

(1) 被告は、平成元年九月までの労使間交渉や従業員への通知等を含め、いかなる機会においても、勤務地域限定・無限定の基準を一切述べたことはない。全国一般労組は、女子従業員に対する本人給差別を是正するよう要求してきたが、被告は、毎年、「家族をもつ世帯主と非世帯主あるいは独身世帯主の生活の実態は異なる。」旨の回答を繰り返してきたもので、勤務地域限定・無限定の基準による取扱いの違いなどは全く述べていない。

(2) 被告は、前記のとおり、昭和六三年六月に中央労働基準監督署から指導を受けた後の平成元年九月に至り、はじめて勤務地域限定・無限定の基準を明文化したものであり、まさに女性差別の口実である。

第一に、被告は、同月、全従業員ではなく、非世帯主と独身の世帯主の従業員のみに対し、男子は全員「無限定」、女子は全員「限定」として勤務地域確認票なるものを送付した。被告は、「男子は全員営業社員になる可能性がある。」、「営業社員は広域配転の可能性がある。」として、男子従業員は「無限定」、女子従業員は「限定」であると説明するが、この認定自体、可能性の可能性による男女差別にほかならない。そして、勤務地域確認票を非世帯主と独身の世帯主の従業員へ送付した後、それによって本人給額が変更になった従業員は一人もいない。すなわち、非世帯主と独身の世帯主の女子従業員については本人給二六歳据置き、男子従業員には実年齢に応じた本人給の支給という実態は従前と全く変わっていないのである。

第二に、もし勤務地域限定・無限定の基準が真実の基準であるならば、当然、就業規則や給与規定に定めて従業員に周知していたであろうが、被告は、就業規則や給与規定にも定めず、勤務地域限定・無限定の基準を明文化したという「新『給与制度と退職金制度』の概要」も従業員に配布せず、全く従業員に周知していないのである。

(3) 被告において勤務地域限定・無限定の基準を制度として定める合理的必要性は全く存在せず、本件女性差別が問題になるまで、勤務地域限定・無限定の基準なる制度は存在せず、勤務地域限定の従業員か、無限定の従業員かということは問題にもならなかった。

また、被告での広域配転は特殊な場合に限られる。酒問屋という被告の営業の性質上、営業従業員は、地元の酒店との付合いを通してより営業成績を上げることができるため、相当の期間は同一の地域を担当し、付合いをより密にしていくことが要求され、その意味からも広域配転になじまないものである。現実に、広域配転はまれであり、男子従業員でも広域配転の経験のない者が圧倒的に多い。広域配転経験のある男子従業員は、一割に満たない。しかも、その例外的な広域配転の内容をみてみると、管理職の広域配転又は本人の希望による広域配転が多い。さらに、会社の業務は、大きく分けて総務・業務の内部勤務と営業に分けられるが、男子従業員でも総務・業務といった内部勤務のみで、一度も営業につかない者が多い。すなわち、営業につかないため、実際に広域配転の経験がない男子従業員が多いのである。

(4) 勤務地域限定を根拠に本人給を二五歳又は二六歳相当で据え置く合理性は全く存在しない。年齢に応じた標準的な生活実態に照らして設定されたという本人給額の適用に当たり、勤務場所に関する問題を持ち込み、無限定なら年齢に応じて額が上がるが、限定なら二五歳又は二六歳相当の本人給で据え置かれて以後全く上がらないというのは、本人給が年齢に応じた標準的な生活実態に照らして設定された趣旨を正面から否定するものであり、合理性は全く存在しない。

(七) 本件例外規定は、いかなる場合にいかなる本人給が支払われないか、全く特定・明示されておらず、適用不能であり、法的効力を有しない。よって、原告らは、かかる規定の適用を受けず、毎年四月一日時点の実年齢に応じて定められる本人給額の賃金請求権を有している。また、被告は、労働基準法四条に違反して原告らの賃金につき違法な差別的取扱いを行なってきたのであり、原告らは差額賃金に相当する額の不法行為による損害賠償請求権を有している。

(八) 被告は、原告平島の差額賃金請求の一部につき、労働基準法一一五条及び民法七二四条の消滅時効を主張するが、本件は女性差別の意図で支払うべき賃金を支払わなかった事案であり、原告平島及び全国一般労組は当初から女性差別の是正を被告に要求していたのであるから、被告の消滅時効の主張は権利濫用として許されない。

(九) よって、本件給与規定の①ないし③に従って毎年四月一日時点の実年齢に応じて定められる賃金請求権、または、賃金の違法な差別的取扱いを続けてきた不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告に対し、原告平島は昭和六〇年二月以降平成六年二月まで、原告天野及び同近藤は平成三年一〇月以降平成六年二月までの各差額本人給及び一時金として、

原告平島 七八五万三二四一円(本人給五二二万七七〇〇円、一時金二六二万五五四一円)

原告天野 二一四万一二四三円(本人給一四〇万五三七〇円、一時金七三万五八七三円)

原告近藤 二二二万二〇八一円(本人給一四六万〇三三〇円、一時金七六万一七五一円)

の賃金又は賃金相当損害金の支払を求め、これらの遅延損害金として、

原告平島 内金五一六万六五七六円に対する遅滞後の平成三年五月一四日から、内金二六八万六六六五円に対する遅滞後の平成六年二月二五日から

原告天野 内金七四万五五三〇円に対する遅滞後の平成四年八月二九日から、内金一三九万五七一三円に対する遅滞後の平成六年二月二五日から

原告近藤 内金七七万二九九八円に対する遅滞後の平成四年八月二九日から、内金一四四万九〇八三円に対する遅滞後の平成六年二月二五日から

各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。また、原告らは、被告の差別的取扱いにより多大な精神的苦痛を被ったことにつき、労働契約上の債務不履行、不法行為に基づき、これを慰謝するものとして、原告らが差別的取扱いを受けてきた期間に応じ、被告に対し、原告平島は四〇〇万円、原告天野及び同近藤はそれぞれ一〇〇万円の慰謝料及びこれらに対する平成六年二月二五日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

また、原告らは、被告に対し、毎年四月一日時点での原告らの実年齢に応じた本人給を受ける労働契約上の権利を有することの確認を求めるが、右確認請求は、原告らと被告との間の具体的権利義務関係の確認を求めるもので、本件紛争解決のために有効適切な手段であり、その確認の利益が存在する。

2  被告

(一) 本件例外規定の内容

就業規則の文言が一義的でない場合、制定権者たる使用者の解釈運用に照らして解釈されるべきところ、被告は、昭和六〇年一月二一日、新給与制度を発足したが、本件例外規定の解釈運用としては、非世帯主又は独身の世帯主であっても、勤務地域を限定しない従業員については、原則どおり従業員の実年齢に応じた本人給を支給することとし、非世帯主及び独身の世帯主で、かつ、勤務地域を限定して勤務している従業員についてのみ、実年齢が二五歳を超えても、本件給与規定の別表のみなし年齢二五歳(昭和六〇年四月からは二六歳)欄相当の本人給をもって当人の本人給としてきており(一時金支給額の本人給配分の取扱いも同様である。)、この解釈運用は、平成元年九月に作成された「新『給与制度と退職金制度』の概要」中に明文化された。原告らは、被告に入社以来、一貫して関東地域に勤務し、かつ、本人の意思で勤務地域を限定している非世帯主たる従業員にほかならないから、右例外に当たる。

(二) 本件例外規定の周知

被告は、以下のとおり、本件例外規定の解釈運用及びその後の明文化の具体的内容を原告ら従業員に周知させてきた。

被告は、右解釈運用について、昭和六〇年の新給与制度導入時に、被告に存する全国一般労組と同盟三陽物産労働組合(以下「同盟労組」という。)に対し説明を行っており、その結果、両組合との協定書には、「引き続き協議すべき事項」として、「世帯主及び独身世帯主の本人給の運用の妥当性について」と明記された。

平成元年九月に本件例外規定について勤務地域限定に関する運用を明文化することを交渉した際は、原告ら所属の全国一般労組に対しても、協定書案を示して、その趣旨について説明を加えており、右組合自身もその趣旨について十分把握して、組合員全員で討議し、さらには教宣ビラ等で所属組合員に徹底をはかった。全国一般労組は、被告が同盟労組と右協定書案と同じ内容の協定をし、勤務地域確認票を対象者に送付したことも十分に認識していた。一方、同盟労組の組合員は同組合より説明周知を受け、非組合員は各所属長から説明を受けた。

平成二年以降は、新入社員全員に「新『給与制度と退職金制度』の概要」の当該年度版を配布している。また、被告は、平成三年一〇月の株式会社日比野との合併に先立ち、同会社の全従業員に対し、被告の就業規則及び「新『給与制度と退職金制度』の概要」を配布したうえ、同年九月二〇日、二一日の二日にわたり、説明会を開いて具体的に内容の周知徹底をはかった。そして、これと並行して、株式会社日比野の従業員の中で非世帯主又は独身の世帯主に該当する二二名(男子一五名、女子七名)に対し、面談のうえ本制度の概要及び勤務地域限定の場合の本人給の取扱いについて告げ、勤務地域確認票を交付し、広域配転の応諾に関して回答を求めた。しかし、その際、原告天野及び同近藤からは広域配転に応ずる旨の意思表示が得られなかったので、本人給の支給については勤務地域限定者として取り扱った。

(三) 本件例外規定の合理性

一般に、非世帯主及び独身の世帯主は、既婚の世帯主に比して必要な生活費が低いのが実情であるから、本人給の取扱いについてこの実情を反映し、既婚の世帯主をこの点において優遇する被告の給与制度には十分な合理性がある。さらに、非世帯主及び独身の世帯主であっても、勤務地域を限定しない従業員については、転勤等の出捐や会社へのそれなりの貢献等を考慮して、既婚の世帯主に準じた本人給の取扱いを行うことにも合理性がある。

広域配転応諾義務の存否によって賃金に一定の差異を設けることは、広く他の企業においても行われていることである。その典型例がいわゆる勤務地限定社員制度であり、また、総合職、一般職も配転応諾義務の存否がその区分の重要な要素になっている。企業の側からすれば、広域配転応諾義務の存する従業員は、いつでも自由に異動配置させ得るという利点があり、一方、当該従業員にとっては、いつ異動し転勤するか分からないという不安定感及び実際に異動が発令された場合応諾の責任と物心等の負担がある。したがって、当該義務を負担しない者と比べて、当該義務を負う者が賃金面で一定の優遇取扱いを受けることは、労使いずれにとっても合理的である。

(四) 勤務地域限定・無限定の基準の運用

(1) 被告は、①家族を有する世帯主である従業員、②非世帯主又は独身の世帯主であっても勤務地域を限定しない従業員に対しては、実年齢に応じた本人給を支給している。家族を有する世帯主に該当すれば、男女を問わず実年齢に応じた本人給が支給されている。ちなみに、本訴提起時における女子従業員の適用者は、楠久枝、栗原綾子、東国紀代子及び羽田幹枝の四名であった。

また、後記のとおり、昭和六〇年六月一日法律第四五号によって改正された「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等女子労働者の福祉の増進に関する法律」(以下「男女雇用機会均等法」という。)施行以前の被告における男女間の採用形態の差異から、男子を勤務地域を限定しない従業員、女子を勤務地域限定の従業員として取り扱ったことはあるが、念のため平成元年九月には該当の男女従業員全員に右取扱いの確認及び変更の機会を平等に与えたうえで、右取扱いの妥当性を再確認し、さらに平成二年以降の新入社員については文書で個々に確認をとったうえで、実施している。そして、勤務地域を無限定にして欲しい旨の希望が女子従業員からなされなかった(当時、一九歳の一女子従業員が広域変更を申請し、被告はそれを認めたが、同人は二六歳に達する前に自己都合で退職した。)ため、結果として対象者が男子従業員に限られているに過ぎない。被告が女子従業員に一方的に本件例外規定の適用を強制した事実はなく、従来、勤務地域限定と認定された女子従業員に関しても勤務地域を無限定にする転換の途を与えてきたのであって、本件例外規定が女子従業員を不当に差別する手段として設けられたことはない。

(2) 被告では、男女雇用機会均等法施行以前、男女で採用の形態がまったく異なっていた。男子の場合、女子と異なり、求人の職種には営業が必ず含まれており、面接時、男子に対しては、営業職として全国的な配属・配転があり得るとの説明も必ず行ってきた。そして、男子従業員に関しては、当初の配属から出身地や希望を考慮せず、遠隔地に配属することも多く、その後も多数の者が広域配転の対象者となっていた。一方、女子は、採用の対象職種としては経理・総務等の事務職であり、通勤可能な場所からいわゆる現地採用を一貫して行ってきた。そして、女子従業員については、職種も従来は営業職にはつかず、いわゆる事務職であり、広域配転の例は一例もなかったのである。さらに、被告が平成元年九月に実施した勤務地域確認票による再確認においても、前記のとおり女子従業員の一例を除き、右の実態を反映して、男女とも変更の申請はまったくなかった。以上のとおり、従来より勤務地域限定・無限定の区別は厳然と存在していたものである。

また、関東・関西・福岡を中心に広域的な事業展開を行っている被告において、労働力の適正配置、職場の活性化、労働者の能力開発、業務運営の能率化と高度化、人材の育成等の観点から、広域配転を含めた転勤制度は不可欠なものであり、現に広範囲に相当の頻度をもって行われているのである。

(五) 勤務地域限定・無限定の基準の合理性

現実に広域配転が発生した場合に賃金に差異を設けるか、異動の可能性に着目して賃金に差異を設けるかは、もっぱら賃金政策の問題である。そして、前述のとおり、労働者側にとってはいつ異動し、転勤するか分からないという不安定感があり、使用者側にとってはいつでも自由に人材異動配置をすることができるという利点があるのであるから、賃金に相応の差異が生ずることは合理的であり、何ら違法な点はない。

(六) 原告らに対する本件例外規定の適用

労働基準法四条の男女同一賃金の原則が禁止するのは、あくまで女子であることを理由とする賃金差別であり、年齢、勤続年数、扶養家族の有無・数、職種、職務内容、能率(労働成果)、責任(権限)、作業条件等の違いに由来する賃金の差異は禁止されていない。本件の場合、本人給の差異は、扶養家族の有無、広域配転応諾義務の存否等に着目したものであるから、違法な男女差別には該当しない。

(七) 確認の利益

原告らの本件確認請求に係る訴えは、毎年四月一日時点の基本給の額の確認を求めることにほかならないが、基本給の額は賃金算定上の計算の根拠ないし単なる事実に過ぎず、これを訴訟法上確認の訴えの対象として独立して取り上げるべき法律関係ということはできず、これを確認の対象とすることは許されないから、却下されるべきである。

(八) 消滅時効

(1) 原告平島の賃金請求権については、本訴提起時より二年以前の部分は、労働基準法一一五条により時効消滅した。

(2) 原告平島の不法行為に基づく損害賠償請求権については、同原告が同請求権を行使した平成六年二月二四日付準備書面送達時より三年以前の部分は、民法七二四条により時効消滅した。

第三争点に対する判断

一本件例外規定の趣旨

1  本件例外規定の制定の経緯について、前記争いのない事実及び末尾掲記の証拠によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、旧給与規定が年齢、勤続年数、経験年数、学歴等の属人的要素の組合わせによって基本給を決定し、その後は、前年度基本給に本年度昇給率を乗じて毎年賃金を決定する方式をとっていたが、この賃金制度が、勤続年数を積むことにより賃金が上昇し、能力からみて下位の等級にある者でも勤続年数を積めば、年々賃金が累積されていく仕組みであり、意欲のある従業員の意欲を損うといった問題点を有していたことから、昭和五九年九月ころ、改定案の作成作業を株式会社セントラル経営センター(現在の名称・株式会社東海総合研究所)に委嘱し、同年一二月一三日、役員会において、同センターがまとめた職能資格制度に基づく新給与制度等の導入を承認した。新給与制度は、組織において特に任命された役割を担う責任者としての役職者を設ける制度、社員に求める能力を職能資格基準として明示するとともに、全社員の能力を定期的に判定してランク付けし、その職能資格によって人事上の処遇を行うとともに登用する役職範囲も決まるという職能資格制度等を内容とするものであった。(〈書証番号略〉、証人中塚昌治の証言〈第一回〉)

(二) 新給与制度の下では、所定内給与は基本給と諸手当であり、うち基本給は本人給と資格給とに分かれている。旧給与規定が基本給を前記のとおり一元的な内容で決定していたのに対し、新しい給与制度においては、基本給を本人給と資格給という性格を異にする二つの要素から構成し直しており、その基本思想は、本人給においては、各人の生活実態に見合った基準により最低生活費の保障を主たる目的に支給すべきであるという考え方であり、他方、資格給においては、各人の能力向上又は習熟度を客観的な基準に照らして評価し、支給すべきであるとの考え方による。被告は、右本人給を具体的に設定するに当たり、人事院が調査して公表した昭和五九年度の世帯人員別の標準生計費を基礎とした最低生計費を保障し、かつ、従業員が旧給与規定に基づいて支給を受けていた給与額を下回らないように留意して、年齢に応じた額を決定することとした。そこで、被告は、本人給について、「①最低生計費の保障を目的に、原則として社員の年齢に応じ別表に定める額を支給する。②適用年齢は実年齢二五歳まではみなし年齢(学齢)とし、それ以降は実年齢をもって支給する。③適用年齢は毎年四月一日をもって定める。④非世帯主および独身の世帯主には所定の本人給を支給しないことがある。」との規定(本件給与規定)を設けることとしたが、②の条項は、大学を卒業した年齢が各人で異なっていても、一律に二二歳入社として扱い、二五歳までは給与上同じ年齢として処遇する趣旨であり、また、④の条項は、本人給が世帯主の年齢毎の世帯人員数を想定して策定されているから、非世帯主又は独身の世帯主については、一定の年齢として二五歳で据置きの本人給を適用すべきであるとの趣旨であった。(〈書証番号略〉、証人中塚昌治の証言〈第一回〉)

(三) 被告は、昭和五九年一二月一五日、同盟労組(過半数の労働組合)及び全国一般労組に対し、新給与制度を掲示し、その後、右各組合と団体交渉を開始し、それ以後株式会社セントラル経営センターのスタッフをオブザーバーとして出席させて説明に当たらせた。団体交渉は、昭和六〇年一月一〇日まで続けられたが、昭和五九年一二月二二日、全国一般労組は、被告に対し、「非世帯主の一定年齢からの本人給部分が昇給しないのは、共働きをしていても生活がなりたたない現状の生活実態から見ても、また、男女差別の点から見ても納得いかない。本人給は男女同一の体系とされたい。」等の要求書を提出した。被告は、昭和六〇年一月九日に同盟労組との間で、また、同月二一日に全国一般労組との間でそれぞれ新給与制度等についての協定を結んだが、いずれの組合との間においても「非世帯主及び独身世帯主の本人給の運用の妥当性について」は引き続き協議すべき事項とされた。(〈書証番号略〉、証人中塚昌治の証言〈第一回〉)

(四) 被告は、人事院調査によると昭和五九年度の二人世帯の標準年齢が二六歳とされていることを考慮し、昭和六〇年四月、本件例外規定が適用される場合の本人給が据え置かれる年齢を、二五歳から二六歳へ引き上げた(〈書証番号略〉、証人中塚昌治の証言〈第一回〉)。

(五) 全国一般労組は、被告に対し、新給与制度導入直後から、「女子本人給二五歳打ち止めは明らかに男女差別であり、早急に是正されたい。」、「新体制移行に伴って発生した女子の本人給二六歳打ち止めの問題に対し、私達の要求に沿った回答をされたい。」、「女性の本人給二六歳ストップは、明確な労働基準法違反であるから、差額を補償されたい。」旨の要求を繰り返し申し入れてきたが、これに対し、被告は、「もともと本人給とは生活給的部分である。したがって、おのずから家族を持つ世帯主と非世帯主あるいは独身世帯主の生活の実体は異なるものであり、その違いからくる運用の違いである。決して男女差別を目的としたものではない。現に運用面においては、女性で家族をもつ世帯主には所定の本人給を支給している。女性(非世帯主)の本人給二六歳の主張はおかしい。」との回答を繰り返してきた(〈書証番号略〉、証人名和秋教の証言)。

(六) 全国一般労組は、中央労働基準監督署長に対し、昭和六二年一二月二日付「申し入れ書」により、「被告は、職能資格制度を導入し、この制度の運用と称して男女差別を公然と行ってきている。一つは、女性(非世帯主)の本人給を二六歳でストップする。一つは、能力さえあれば、女性でも資格が上がるシステムと言いつつも、現実として副主事が最高資格である。この二つの運用によって、資格の低い女性は賃上げ時の定昇も、一時金における掛け率、更に本人給・資格給の各ピッチも、男性とは大きく格差がつけられる状態になっている。貴監督署の強力な行政指導を直ちに行うよう要請する。」旨の申入れをした。

これに対して、中央労働基準監督署は、調査のうえ、被告に対し、平成元年六月二二日付指導票で、「賃金本人給の支給の運用について、男女同一賃金の原則に違反する疑いがなきように措置されたいこと、賃金の支給基準について、労働者への周知が不徹底であるので、徹底を図ること」を内容とする改善措置をとるよう指導するとともに、同年七月二一日までにその改善状況について報告するよう求めた。これに対して、同年九月二二日、被告は、中央労働基準監督署に対し、「昭和六〇年一月二一日より発足した職能資格制度を始めとする各制度の内、新給与制度の本人給の運用については、本人給自体の性格に照らし、より生活実体に見合った基準により支給することが至当であると考えてきた。その根幹をなす基準は、家族を有する世帯主であるか否かという点であり、ここに分類される社員については、他のいかなる要件を問わず、所定の本人給を支給するべきものと考える。次に非世帯主及び独身世帯主に分類される社員の中で、他に基準を持つ必要がないかどうかであるが、今一つの基準として、勤務地の限定・無限定の問題がある。無限定の社員については、それなりの出費も充分予想されるので、やはり所定の本人給を支給すべきと考える。以上、前段を主基準、後段を従基準として本人給の運用をしてゆくことが、男女同一賃金の原則に反することなく、また、より生活実体を反映した公平な基準であると確信する。従来より社員への徹底が不充分であったことは否定できず、この機会にそれを図り、また、従来の認定についても再確認並びに変更を制度化することにより、すべての社員に均等な機会を提供してゆきたい。」との報告をした。(〈書証番号略〉、証人名和秋教の証言)

(七) 被告は、同盟労組との間で、平成元年九月一四日、新給与制度の本人給の支給について、それまで給与規定上、「④非世帯主および独身の世帯主には所定の本人給を支給しないことがある。」とあったのを、「④非世帯主および独身の世帯主で、かつ本人の意思で勤務地域を限定して勤務についているものには、所定の本人給の適用はみなし年齢二六歳までとする。この勤務地域の限定・無限定は本人の希望によって変更できるが、一回限りとする(この場合、書面により管理本部長宛申し出る)。(注)勤務地域とは、関東・関西・福岡の三地域を指す。」と書き換えること、また、「勤務地域確認票」及び「勤務地域認定変更願」を制定することを協定した。なお、被告は、全国一般労組との間でも、同月五日、右協定内容について説明の機会を持った。しかし、全国一般労組は、昭和六三年以降の中央労働基準監督署の説明及び被告のその後の対応から、被告が広域配転を本人給の基準にする考えを持っていることを知ったが、これが男女差別を目的とするものであるとの認識を組合員に示す一方、被告に対し、翌六日協定の締結を拒否した。(〈書証番号略〉、証人名和秋教の証言、証人中塚昌治の証言〈第一回〉)

(八) 被告が同盟労組との間で協定した世帯主・非世帯主の基準及び勤務地域限定・無限定の基準は、平成二年版の「新『給与制度と退職金制度』の概要」から記載されることとなった(〈書証番号略〉、証人中塚昌治の証言〈第一回〉)。

2 右認定事実によると、被告は、新給与制度導入時、従業員の実年齢に応じた本人給を支給するか、実年齢に関係なく二五歳(昭和六〇年四月以降は二六歳)相当で据え置く本人給を支給するかを区分する基準として、給与規定上は、世帯主・非世帯主の基準のみを設けていたが、中央労働基準監督署から右基準の運用について男女同一賃金の原則に違反する疑いがないように措置すべき旨の指導を受けるに及び、平成元年九月、もう一つの基準として、給与規定上、勤務地域限定・無限定の基準を設けるに至ったものと認められる。

被告は、本件例外規定について、新給与制度導入時から世帯主・非世帯主の基準に加えて、勤務地域限定・無限定の基準を内容として一貫して適用してきたと主張し、証人中塚昌治の証言〈第一、二回〉中にはこれに添った部分があるが、被告は、勤務地域限定・無限定の基準を本人給支給の従基準とすることを明文化する以前に、従業員や労働組合に対して勤務地域限定・無限定の基準が実年齢に基づく本人給を支給するかどうかの基準となる旨を説明したことはなく、本人給の差がもっぱら家族を持つ世帯主か非世帯主あるいは独身世帯主かによって生ずると説明していた事実に照らして、右証言は採用することはできない。仮に勤務地域限定・無限定の基準が新給与制度導入時点から存在していたのであれば、そのいずれであるかが従業員の賃金額決定に重要な意味をもつものであるから、その時点で、勤務地域限定・無限定の基準の意味を就業規則又は給与規定その他然るべき規程で明確にする必要があったものと認められるが、その手当てをしたことを窺わせる証拠はなく、また、勤務地域限定・無限定のいずれに当たるのかを確認するためには、従業員に対して書面による慎重な認定手続がとられるべきであると考えられるのに、これが実施された形跡がなく、却って、被告が新給与制度導入前の昭和五九年一一月一五日に世帯主確定のための住民票提出手続をとっていた事実(〈書証番号略〉)に鑑みると、右証言は採用することはできない。

3  以上によれば、被告は、新給与制度導入以後、平成元年九月までは、本件例外規定に基づき、従業員の実年齢に対応した本人給を支給する原則の例外として、世帯主・非世帯主の基準により、非世帯主及び独身の世帯主の従業員に対しては、実年齢に関係なく、二五歳(昭和六〇年四月からは二六歳)相当の本人給で据え置くという運用をしたものであって、本件例外規定は世帯主・非世帯主の基準を定めたものというべきである。

二世帯主・非世帯主の基準の効力

原告らは、世帯主・非世帯主の基準で本人給に差を設けることが、違法な男女差別に該当する旨主張するので検討する。

1  被告の新給与制度を規定した〈書証番号略〉の中には、世帯主の意味を定義したものがなく、同文言自体からその意味が一義的に明確であるとはいえないが、〈書証番号略〉、証人中塚昌治の証言〈第一回〉によると、被告においては、一貫して、世帯主か否かの基準を住民票上の世帯主に該当するかどうかで決定していることが認められる。住民票は、住民基本台帳法に基づき、行政目的のため世帯構成員の届出によってなされるものであり、誰が世帯主になるかは、構成員間の自由な意思に委ねられ、女子が世帯主になれないという理由はないし、また、本件全証拠によっても、被告が従業員に対して世帯主を男子にするよう指導をしたという事実も認められない。

したがって、世帯主・非世帯主の基準は、形式的にみる限りは、男女の別によって本人給に差を設けるものではなく、男子、女子にかかわらず、右基準該当の有無に応じて、実年齢に応じた本人給の支給を受けるか、二五歳(昭和六〇年四月からは二六歳)相当の本人給の支給を受けるかが決定されることになる。そして、被告は、これまで、右基準が合理的なものであることの理由として、一般に、非世帯主及び独身の世帯主は、既婚の世帯主に比して必要な生活費が低いのが実情であるから、本人給の取扱いについてこの実情を反映し、既婚の世帯主をこの点において優遇した旨を従業員に説明してきたことが認められる(〈書証番号略〉、証人名和秋教の証言、証人中塚昌治の証言〈第一回〉)。してみると、世帯主・非世帯主の基準は男女の区別とは一応無縁のものであると評すべきかに思われる。

2 しかしながら、被告の右説明を首肯することはできない。その理由は、以下のとおりである。

被告は、世帯主・非世帯主の基準を設けながら、実際には、男子従業員については、非世帯主又は独身の世帯主であっても、女子従業員とは扱いを異にし、一貫して実年齢に応じた本人給を支給してきており、例えば、被告中央支店の田中清通は、独身の男子従業員で、住民票上、非世帯主であるが、新給与制度導入以降、実年齢に応じた本人給が支給されていることが認められる(〈書証番号略〉、証人名和秋教の証言)。将来において住民票上の世帯主になるか否かは、未婚の男子、女子いずれにとっても予測できない不確定な事実であるから、男子だけが将来世帯主になる可能性がある、という理由で、被告の右取扱いを合理化することはできないし、もしそのように考えるのであれば、世帯主・非世帯主の基準で本人給に差を設けることにした理由として被告が主張するところと、明らかに抵触することにもなるのである。

しかも、少なくとも、現在における社会的現実は、結婚した男女が世帯を構成する場合、一般的に男子が住民票上の世帯主になるというのが公知の事実である。その結果、世帯主・非世帯主の基準を適用するならば、女子従業員は、独身である間は非世帯主又は独身の世帯主の立場にあり、結婚すれば非世帯主の立場にあるということで、結局、終始本人給を据え置かれることになる。被告としても、同基準を制定した際、あらかじめ全従業員の住民票を集約したことにより、当時女子従業員のほとんど全員が非世帯主又は独身の世帯主であること、将来においても大多数において非世帯主又は独身の世帯主のいずれかであろうことを認識していたものと認めざるを得ない。証人中塚昌治の証言〈第一回〉中、「私は、女子従業員が結婚したら、大体、非世帯主になるであろうという認識はなかったし、そういう認識で新給与制度を作成したということはまったくない。」との部分は、信用できない。そして、そもそも、本件給与規定における本人給は、本来、各人の生活実態に見合った基準により最低生活費の保障を主たる目的に支給されるべきものであることに鑑みると、単に住民票上の世帯主か否かをもって本人給に差を設ける基準とすることは、右趣旨に合致しないものというべきである。

加えて、世帯主・非世帯主の基準を制定した昭和六〇年一月当時、本人給として、ちなみに、二五歳で一〇万七六〇〇円(二六歳で一一万一一〇〇円)、三〇歳で一二万五一〇〇円、三五歳で一三万七六〇〇円、四〇歳で一四万七六〇〇円、四五歳で一五万二六〇〇円、五〇歳以上一五万五一〇〇円とされているところ、被告は、当時、家族手当として、所得税法上の源泉徴収の控除対象となる扶養家族を有する者につき、配偶者月額一万三〇〇〇円、子供一人各二〇〇〇円、他の扶養家族各二〇〇〇円を支給し、また、住宅手当、地域生計手当の支給に当たり、支給対象者及び金額を世帯主か否かで区別しており、①住宅手当につき、家族を有する世帯主に対しては月額八七〇〇円(関西地域)又は九七〇〇円(関東地域)、独身の世帯主に対しては六〇〇〇円(関西地域)又は七〇〇〇円(関東地域)、その他の者に対しては二五〇〇円(関西・関東地域とも)、②地域生計手当として、関東地区在勤者で家族を有する世帯主に対しては月額五〇〇〇円を支給しており、その後これらの各手当は毎年のように増額されており(〈書証番号略〉)、家族を有する世帯主には経済上それなりの配慮していた。もとより、賃金の生活給的部分として年齢給と扶養手当等をどのように組み合わせて決めるかは使用者の設計に委ねられた裁量の範囲にあるというべきであるが、扶養手当等にみられる被告の右配慮に加えて、世帯主か否かにより、基本給である本人給について、実年齢による支給をするかあるいはみなし年齢二五歳又は二六歳による本人給で据え置くという差を設ける理由は、乏しいというべきである。

なお、被告は、平成三年五月の本件訴え提起時点で、被告の従業員のうち、家族を有する世帯主の女子、すなわち東国紀代子、羽田幹枝、楠久枝及び栗原綾子の四名に対しては、すべて実年齢に対応した本人給を支給しているのであるから、男女差別には当たらないと主張するところ、(〈書証番号略〉及び証人中塚昌治の証言〈第一回〉によれば、右本人給支給の事実が認められる(ただし、原告平島本人尋問の結果によれば、栗原綾子はその後退職したため、現在では実年齢による本人給の受給者は三名であることが認められる。)けれども、これらはあくまで例外的な事例に過ぎないから、これをもって大多数の女子従業員の本人給を二五歳(昭和六〇年四月以降は二六歳)相当の本人給で据え置くという被告の運用を正当化することはできない。

3 以上によれば、被告は、住民票上、女子の大多数が非世帯主又は独身の世帯主に該当するという社会的現実及び被告の従業員構成を認識しながら、世帯主・非世帯主の基準の適用の結果生じる効果が女子従業員に一方的に著しい不利益となることを容認して右基準を制定したものと推認することができ、本人給が二五歳又は二六歳相当の本人給に据え置かれる女子従業員に対し、女子であることを理由に賃金を差別したものというべきである。

よって、非世帯主及び独身の世帯主の被告従業員に対して、二五歳(昭和六〇年四月からは二六歳)相当の本人給で据え置くという世帯主・非世帯主の基準は、労働基準法四条の男女同一賃金の原則に反し、無効であるというべきである。

三勤務地域限定・無限定の基準の効力

1  前記認定のとおり、被告は、平成元年九月以降、本人給支給に関し、従来の世帯主・非世帯主の基準に加えて、勤務地域限定・無限定の基準を制定したものであるが、被告は、広域配転応諾義務の存否によって、賃金に一定の差異を設けることは、労使いずれにとっても合理的であると主張し、証人中塚昌治もこれに添った証言〈第一回〉をしている。確かに、一般論として、被告の主張するとおり広域配転義務の存否により賃金に差異を設けることにはそれなりの合理性が認められ、業務の必要による広域配転の有無によって異なる昇進、昇給等の雇用管理を行うことは、従業員の意欲、能力等を活用することによって処遇を決定するものであるから、本件において、勤務地域の限定・無限定の基準の制定及び運用が男女差別といえるものでない限り、何ら違法とすべき理由はない。しかし、実際には、被告の男子従業員に対しては全員実年齢に対応した本人給が支給されていることは被告も自認するところであり、この理由について、証人中塚昌治は、「男子従業員は、営業につく可能性がある。営業につくと、被告が広域で事業をしている商社であること及び営業担当者としての資質の向上等からして、当然、広域での配転が必要不可欠である。」と証言〈第一回〉する。

そこで、被告における配転の実態について検討するに、末尾掲記の証拠によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告は、昭和四八年に発足以来、本社を大阪市に、支社を東京に置き、関西地区は数支店を設けて順次事業を拡げてきた会社であるが、昭和五一年一二月福岡支店、平成元年五月に京都南支店、同年八月に横浜支店、同二年六月に西宮支店、同三年四月に姫路支店を開設し、株式会社日比野と合併直前には一七支店を事業所として業績を進展させてきた。そして、首都圏でのネットワークを確立するため、同年一〇月に株式会社日比野を吸収合併した。

このように、被告の事業所は、大きく関西地域、関東地域及び福岡地域に分かれて所在していた。そして、従業員は、同年一〇月の合併前において、合計約四五〇名で、そのうち、男子が約三五〇名、女子が約一〇〇名であった。(〈書証番号略〉、証人中塚昌治の証言〈第一回〉)

(二) 被告の従業員の業務は、大別して、内部勤務部門(総務課・業務課)と営業部門(販売課)とに分かれているが、従来、高校卒業以上の求人募集に当たり、男子の職種は営業、総務、経理及び商品管理とし、女子の職種は経理、機械計算、タイプあるいは総務とし、基本給に男女差を設けていた(男女雇用機会均等法施行後、職種は一本化された。)。

被告の従業員の採用面接の手続は、本社の大阪で行なわれており(ただし、被告が発足した昭和四八年以前は、女子については本支店別に現地採用が実施されていた。)、関東地域で業務に従事する応募者を確保することが困難であったうえ、事業所の所在も限られていたため、男子については、入社直前の住所地から通勤可能な場所に本社ないし支店がないこともあって、転居を伴う地域に配属される例もあったが、それは全体としては新入社員の一割程度にすぎなかった。これに対して、女子は、入社時も、通勤可能な範囲内で配属されていた。(〈書証番号略〉、証人栗須格の証言、証人名和秋教の証言、原告平島本人尋問の結果)

(三) 株式会社日比野は、首都圏で酒類の卸売り販売業を営んでいた会社で、被告と合併する直前の時点において、次長以下従業員六〇名(男子五三名、女子七名)中、営業経験のある者は三四名(全員男子)であり、また、営業経験のない者は二六名(男子一九名、女子七名)であり、営業経験のない男子のうち一〇名は勤続年数一五年を越えていた。株式会社日比野は、本社を東京都中央区に置き、一支店二営業所を有していたが、城東支店は江東区、城西営業所は板橋区、南営業所は川崎市にあり、同会社においては従業員に広域配転の生ずる余地はなかった。(〈書証番号略〉、原告天野本人尋問の結果)

(四) 被告は、平成元年九月、原告平島らを含む非世帯主及び独身の世帯主に該当する従業員一六一名に対し、勤務地域確認票を送付した。同書面には、「あなたは入社時の認定により、    となっておりますが、再確認をいたします。(注)1.勤務地域とは、関東・関西・福岡の三地域を指す。

2.変更は一回限りとする。3.変更の申請があった場合、会社はこれを審査し、決定する。」(    の部分には、原告平島の場合関東限定と記入されており、他の女子従業員の場合もそれぞれ現在の勤務地域に限定して記入されていたが、男子従業員の場合は勤務地域無限定と記入されていた。)と記載され、同書面の下部は、「1現行通り 2変更」のいずれかを選択して記入させる返信用のものであった。なお、被告は、右勤務地域確認票を送付するに際し、「現在、我が社の人事・労務諸制度は、昭和六〇年一月(それ以降の入社者については入社前研修時)に配布した各制度の概要書に準拠して運用しております。その根底にあるものは、客観的に公平であるべきとの理念を貫いております。昨今の社会情勢を勘案し、何事にも挑戦してゆくことを願い、その基盤を明確にする意を込めて、今回、別添確認票を配布します。」と記載した説明文を同封しただけで、この確認票と本人給との関係を明示しなかった。

また、株式会社日比野は、被告との合併に先立つ平成三年九月、全従業員と個人面談した際、原告天野及び同近藤らを含む非世帯主及び独身の世帯主に該当する従業員二二名に対し、「あなたは三陽物産(株)転籍にあたり、    となっておりますが、再確認をいたします。(注)1.勤務地域とは、関東・関西・福岡の三地域を指す。2.変更は一回限りとする。3.変更の申請があった場合、会社はこれを審査し、決定する。」(    の部分には、原告天野及び同近藤の場合関東限定と記入されており、他の女子従業員の場合も関東限定と記入されていたが、男子従業員の場合は勤務地域無限定と記入されていた。)と記載された勤務地域確認票を交付した。

しかし、原告ら三名がいずれもその回答をしなかったため、被告及び株式会社日比野は、それぞれ各原告に対し、勤務地域を関東地域に限定した取扱いをした。被告の勤務地域確認票の送付の結果、一九歳の女子従業員一名から広域変更の希望が出された(ただし、同女は二六歳に達しないうちに自己都合で退職した。)が、被告及び株式会社日比野のその他の従業員からは、現行どおりとする確認票の返送・交付を受け、勤務地域の変更の意思表示はなされなかった。一方、家族を有する世帯主の従業員に対しては、被告も株式会社日比野も、右のような勤務地域確認票を送付・交付することはなかった。(〈書証番号略〉、証人中塚昌治の証言〈第一、二回〉、原告平島、同天野各本人尋問の結果)。

(五) 被告において、関東地域、関西地域及び福岡地域相互間の広域配転をした従業員数は、新給与制度導入後の昭和六〇年二月一日から平成三年末日までの六年間で合計二六名(全員男子)であり、これを内容的にみると、昭和六〇年が五件、昭和六一年が二件、昭和六二年が四件、昭和六三年が七件、平成元年が四件、平成二年が一件、平成三年が八件であった。そのうち一〇名は役職についており、また、その余の一六名中三分の二は出身地近くの支店等に配転されたもので、本人の希望によるものであった。

また、平成五年一月二三日現在、関東地域(中央支店、城東支店、横浜支店、府中支店、南支店、城西支店)に勤務する男子従業員合計六三名中、入社以来、広域配転を経験したのは二〇名(新給与制度導入後に限ると八名)であり、そのうち被告の業務上の都合で配転を経験したのは七名であり(しかも、そのうち三名は昭和四八年合併前の配転であった。)、残り四三名は広域配転をしたことがなかった。

さらに、平成四年一一月二六日現在、被告の中央支店の営業部門に勤務する男子従業員二四名(全員男子)のうち、広域配転の経験がある者は支店長を除いて四名程度で、また、同支店の内部勤務部門に勤務する従業員二五名(男子一六名、女子九名)のうち、広域配転の経験がある者は次長、課長といった役職についている三名であった。

一方、被告においては、過去に、広域配転を経験したことのある女子従業員はおらず、また、広域配転を希望する女子従業員もなく、女子従業員全員が通勤可能な支店等に勤務している。(〈書証番号略〉、証人中塚昌治の証言〈第一、二回〉、証人名和秋教の証言、原告平島本人尋問の結果)

(六) 被告の従業員の賃金、労働時間、休日、定年、賞与等の労働条件は、株式会社日比野の水準より上回っていたところ、被告は、合併に当たり、被告に雇用が引き継がれる株式会社日比野の従業員の労働条件を被告のそれと同じにした。そして、株式会社日比野においては、従前は営業経験がなかったが、被告と合併した後に営業についた従業員が二、三名いたものの、合併後も全員関東地域で勤務しており、広域配転を経験したものはいなかった。(〈書証番号略〉、証人中塚昌治の証言〈第二回〉、原告天野本人尋問の結果)

2  右認定事実によれば、被告は、平成元年九月、本件給与規定に関して、従来の世帯主・非世帯主の基準とは別に、新たに勤務地域限定・無限定の基準を設けた際、原告平島を含め営業職に過去・現在とも従事しておらず広域配転の経験もない非世帯主及び独身の世帯主である女子従業員に対し、その勤務地域を限定して記入した勤務地域確認票を送付し、本人給を二六歳に据え置いたが、非世帯主又は独身の世帯主である男子従業員に対しては、営業職に過去又は現在実際に従事したかどうかを問わず、かつ、広域配転をしたかどうかにかかわらず、勤務地域無限定と記入した勤務地域確認票を送付し、実年齢による本人給を支給していたものであるということができる。他方、株式会社日比野は、被告との合併準備のため、平成三年九月、原告天野及び同近藤を含め営業職に過去・現在とも従事した経験のない非世帯主及び独身の世帯主である女子従業員に対し、その勤務地域を限定して記入した勤務地域確認票を交付したが、非世帯主又は独身の世帯主である男子従業員に対しては、営業職に過去又は現在実際に従事したかどうかを問わず、勤務地域無限定と記入した勤務地域確認票を交付したものであり、これに従って被告において、右各女子従業員の本人給を二六歳に据え置き、また、右各男子従業員の本人給を実年齢によって支給していたものであるということができる。

しかしながら、被告においては、男子従業員であっても、必ずしも営業職につくとはいえず、男子従業員の中にももっぱら内勤職に従事している者が相当数いるし、また営業職についても広域配転をしない従業員が多数いるのであって、広域配転の割合、とりわけ被告の業務上の都合による広域配転の割合は微々たるものであると認められる。ところが、被告は、男子従業員全員に実年齢による本人給を支給する理由として、「男子従業員は、営業につく可能性がある。営業につくと、被告の事業及び営業担当者としての資質の向上等からして、当然、広域での配転が必要不可欠である。」との認識を有していたことが認められるが(証人中塚昌治の証言〈第一回〉)、この認識は被告の実態から大きく隔たったものであるといわなくてはならない。また、被告は、新給与制度制定時現在、係長・課長代理(同等役職を含む)以下の営業を担当する者のうち、副主事以上の者に対しては月額二万三〇〇〇円、主事補以下の者に対しては二万円の営業手当を支給している(ただし、特殊時期〈例、中元・歳暮期等〉に特に繁忙を極める部署を担当する者には、繁忙月に限り、事業所長の申請により本社総務部長が認めた場合は、営業手当のほかに営業特別手当を加算し、支給することがある。)のであり、その額はその後増額されてきたのであり(〈書証番号略〉)、被告が主張するような営業社員が負担する物心等の負担は、この営業手当により一応の配慮がされているとみることができるから、さらに基本給である本人給について二六歳相当の本人給で据え置くという差を設ける根拠は少ないというべきである。

結局、前記一で認定した勤務地域限定・無限定の基準が設けられるに至った経過をも合わせ考えると、被告は、中央労働基準監督署から世帯主・非世帯主の基準の運用について男女同一賃金の原則に違反する疑いがないように措置すべき旨の指導を受け、その検討を迫られていたが、勤務地域限定・無限定の基準が最低生活費の保障を主たる目的とする本人給を二六歳の額で据え置くことの合理的理由を十分に説明できないまま、従来、勤務地域限定・無限定の基準自体によって賃金に差を設けることはなかったにもかかわらず、被告の本件給与規定による取扱いを正当化するため、男女雇用機会均等法施行前、男子従業員には営業を含めた職種に従事させ、女子にはもっぱら内部勤務の職種に従事させることを予定して異なった採用方法をとってきており、女子従業員は、その後の採用者も含めて、すべて営業職に従事しておらず、過去現在とも広域配転を経験したことがないこと、そして女子従業員が一般に広域配転を希望しないことに着目し、女子従業員は勤務地域を限定しているとの前提のもとに、勤務地域限定・無限定の基準の適用の結果生じる効果が女子従業員に一方的に著しい不利益となることを容認し、右基準を新たに制定したものと推認されるのである。

3 以上によれば、被告においては、本人の意思で勤務地域を限定して勤務についている従業員に対して二六歳相当の本人給で据え置くという勤務地域限定・無限定の基準は、真に広域配転の可能性があるが故に実年齢による本人給を支給する趣旨で設けられたものではなく、女子従業員の本人給が男子従業員のそれより一方的に低く抑えられる結果となることを容認して制定され運用されてきたものであるから、右基準は、本人給が二六歳相当の本人給に据え置かれる女子従業員に対し、女子であることを理由に賃金を差別したものであるというべきであり、したがって、労働基準法四条の男女同一賃金の原則に反し、無効であるといわなければならない。

四本件給与規定に基づく差額賃金請求権

1  本件給与規定は、①原則として社員の年齢に応じ別表に定める額を支給する、②適用年齢は実年齢二五歳まではみなし年齢(学齢)とし、それ以降は実年齢をもって支給する、③適用年齢は毎年四月一日をもって定める、としながら、④非世帯主及び独身の世帯主には所定の本人給を支給しないとの本件例外規定を付加しており、さらに、勤務地域限定・無限定の基準が付加された結果、被告が、それ以降、(一)家族を有する世帯主の従業員には実年齢に応じた本人給を支給する、(二)非世帯主又は独身の世帯主であっても、勤務地域を限定しない従業員については、同じく実年齢に応じた本人給を支給する、(三)非世帯主及び独身の世帯主で、かつ、勤務地域を限定して勤務している従業員については、実年齢が二六歳を超えても、二六歳相当の本人給を支給する、という運用をしてきたことは前記認定のとおりであるところ、世帯主・非世帯主の基準、勤務地域限定・無限定の基準は、いずれも労働基準法四条に違反し、無効であることは既に判断したとおりである。

そして、本件給与規定①ないし③によれば、本人給額は従業員の実年齢に対応して使用者である被告が毎年四月一日に決定すべきものとされ、現に毎年具体的に決定してきたことは被告の自認するところであって、各従業員に適用するに当たってこの上さらに被告の具体的な意思表示又は裁量が介在するものではないから、原告らの賃金請求権は、労働基準法四条、一三条の趣旨に照らし、本件給与規定①ないし③によって発生するものと解するのが相当である。

よって、原告らは、毎年四月一日の時点の実年齢に応じて定められる本人給並びにこれに応じた係数により算定される夏季及び冬季各一時金の賃金請求権を有しているというべきである。被告は、原告らが請求する差額本人給及び一時金の計算及び額については争わないか、少なくとも明らかに争わないから、これを自白したものとすると、原告平島、同天野、同近藤の差額本人給及び一時金は、それぞれ別紙1―A、2、3のとおりとなる。

2  消滅時効

本件本人給及び一時金は労働基準法一一条の賃金に該当するから、その請求をすることができることとなった日から二年間行使しない場合には、時効により消滅するものというべきところ(同法一一五条)、原告平島の本訴(平成三年(ワ)第五五一一号賃金請求事件)提起の日が平成三年五月二日であることは記録上明らかであり、かつ、被告が右時効を援用したことは当裁判所に顕著である。そして、本人給の支給日は毎月二五日、また夏季一時金の支給は七月、冬季一時金の支給は一二月であり(〈書証番号略〉)、その日から権利行使が可能であるから、本人給については平成元年四月分までのものが、一時金については昭和六三年冬季一時金分までのものが既に二年以上の期間が経過し、時効により消滅したものである。

原告平島は、被告の消滅時効の援用が権利濫用として許されないと主張する。しかし、被告において、原告平島が訴訟提起その他時効中断に必要な措置をとることを不可能、もしくは著しく困難にさせたような場合には、消滅時効の援用が権利の濫用となる余地があるが、本件においてはそのような事実をうかがわせる証拠はなく、原告平島は、いつでも時効中断の措置をとれる状態にあったと認められるから、原告平島が主張する事由をもってしても、被告の時効援用が権利の濫用であるということはできないというべきである。

3  以上によれば、時効によって消滅した本人給及び一時金を控除し、原告平島、同天野、同近藤が被告に対して請求することのできる差額本人給及び一時金は、それぞれ別紙1―B、2、3のとおりとなる(なお、平成六年二月の本人給支給日は同月二五日であるから、その遅延損害金の起算日は翌二六日である。)。

なお、原告らは、右差額賃金請求とともに、原告ら女子に対する賃金上の差別的取扱いは不法行為に当たるとして、不法行為に基づき差額賃金相当額の損害賠償請求を主張するが、原告らが同請求権を主張した平成六年二月二四日付準備書面が当裁判所に提出されたのが同月一七日であること、不法行為に基づく損害賠償請求権が損害及び加害者を知った時から三年間行使しない場合には消滅時効にかかること(民法七二四条)に鑑みると、仮に同請求権が認められるとしても、これに基づく認容額が賃金請求権に基づく前記認定額を超えるものではないから、これ以上の判断を要しない。

五慰謝料請求権

原告らは、被告の原告らに対する女子を理由とする差別的取扱いは、労働契約上の債務不履行、かつ、不法行為であるとして、これにより原告らが被った精神的損害の賠償として、慰謝料の支払を求めるので、この点について検討する。

1  まず、債務不履行による慰謝料請求権について検討するに、本件は、本人給及び一時金という金銭を目的とする債務の不履行に基づくものであるが、金銭債務の不履行による損害賠償は、民法四一九条一項により法定利率を超える約束をした場合を除いては法定利率に限られ、それ以上の損害として慰謝料請求をすることは特段の事情のない限り許されないと解されるところ、本件においては、そのような特段の事情の存在について主張、立証がないから、原告らの債務不履行による慰謝料請求権は、その余の点を検討するまでもなく、失当である。

2  次に、原告らは、被告が昭和六〇年二月以降、一定の従業員には実年齢に応じた本人給を支払わず、みなし年齢(二五歳又は二六歳)で支給しているが、この差別的取扱いにより精神的損害を被ったとして、不法行為に基づいて慰謝料の請求をする。

ところで、原告平島が主張する不法行為に基づく慰謝料請求権は、前記認定によれば、原告平島は、本件各本人給及び一時金を支給されるころに、実年齢に応じた本人給及び一時金の不支給による損害及び加害者を知ったものと認められるから、平成三年一月分までの本人給及び一時金不支給による慰謝料請求権は、同原告が同請求権を主張した平成六年二月二四日付準備書面が当裁判所に提出された日である同月一七日の時点において、既に三年以上の期間が経過し、時効により消滅したことになる(被告が右時効を援用したことは当裁判所に顕著である。)ので、平成三年二月分以降の本人給及び一時金の不支給による不法行為に基づく、慰謝料請求権の成否について判断する。

被告は、同月以降、世帯主・非世帯主の基準、勤務地域限定・無限定の基準によれば、女子従業員の本人給及び一時金が男子従業員に比べて一方的に低く抑えられる結果となることを容認し、あえてこれを運用してきたものであり、労働基準法四条に違反する違法な賃金差別をしたものにほかならず、原告平島は平成三年二月分から、また同天野及び同近藤はいずれも被告の従業員となった同年一〇月分から、女子であるがために本人給及び一時金において、被告から差別的取扱いを受けてきたことは前記認定のとおりであって、原告らが属する全国一般労組は被告に対して被告の右取扱いが男女差別であるとしてその是正を求めていたのに、被告が適切な措置をとらなかったこと等記録に現れた諸般の事情をも合わせ考えると、原告らが、差額賃金の支払を受けられなかった不利益とは別に、少なからず精神的苦痛を被ったことを推認することができる。

しかしながら、被告が原告らに対して実年齢に応じた本人給及び一時金を支給しなかった取扱いは、原告らの差額賃金請求権の発生・存在にいささかの影響を与えるものではないから、被告が世帯主・非世帯主の基準ないし勤務地域限定・無限定の基準が適法・有効なものとして原告らの要求ないし請求に対応してきたことが、原告らに対する人格権侵害として損害賠償請求権を発生させるためには、被告が原告らに対して実年齢に応じた本人給及び一時金を支給しなかった取扱いの過程、すなわち、賃金債務の一部不履行の過程において、債権者たる原告らの人格権を侵害する行為が認められることを要するものというべきである。しかるに、原告らの主張する被告の不法行為の内容は、被告の賃金債務の内容を確定する事情として重要であり、あるいは、その賃金債務の不履行の動機・理由を指摘するものとしては意味があるが、原告らの人格権を侵害する不法行為を構成するものとは認めがたい。原告らの受けた前記精神的苦痛は、被告の金銭債務の不履行によって生じたものであり、それは、前記1で説示したとおり、特段の事情の主張・立証のない限り慰謝料請求権を発生させるものではないというべきであり、原告らは、本件訴訟において、右特段の事情の主張・立証をしていない。

以上によれば、被告の不法行為を理由とする原告らの慰謝料請求は、理由がない。

六労働契約上の権利確認請求

原告らは、被告に対し、毎年四月一日時点での原告らの実年齢に応じた本人給を受ける労働契約上の権利を有することの確認を求めるところ、原告らは、本訴において、毎年四月一日時点での実年齢に応じた本人給及び一時金の支払を受ける請求権に基づき、本件口頭弁論終結時までの差額本人給及び一時金支払の給付訴訟を提起しているのであるから、これに加えて同時点までの右請求権自体の存在の確認の利益は認められないというべきである。また、原告らの本件訴えのうち、本件口頭弁論終結後の右請求権存在の確認を求める部分は、将来発生すべき権利又は法律関係の確認を求めるものにほかならないから、確認の利益は認められないと解するのが相当である。

そうしてみれば、原告らの求める確認の訴えは、訴訟要件を欠く不適法なものであるから、却下を免れない。

第四結論

以上によれば、原告らの請求は、

1  原告平島につき、未払いの本人給及び一時金合計四四二万三五七四円と、内金一七三万六九〇九円に対する遅滞後の平成三年五月一四日(本件訴状送達の日の翌日)から、内金二六三万三一六五円に対する遅滞後の平成六年二月二五日(平成六年一月一一日付準備書面陳述の日の翌日)から、内金五万三五〇〇円に対する弁済期の翌日である同月二六日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、

2  原告天野につき、未払いの本人給及び一時金合計二一四万一二四三円と、内金七四万五五三〇円に対する遅滞後の平成四年八月二九日(本件訴状送達の日の翌日)から、内金一三四万四三一三円に対する遅滞後の平成六年二月二五日(平成六年一月一一日付準備書面陳述の日の翌日)から、内金五万一四〇〇円に対する弁済期の翌日である同月二六日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、

3  原告近藤につき、未払いの本人給及び一時金合計二二二万二〇八一円及び内金七七万二九九八円に対する遅滞後の平成四年八月二九日(本件訴状送達の日の翌日)から、内金一三九万五五八三円に対する遅滞後の平成六年二月二五日(平成六年一月一一日付準備書面陳述の日の翌日)から、内金五万三五〇〇円に対する弁済期の翌日である同月二六日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で、それぞれ理由があるからこれらを認容し、

4  原告らが毎年四月一日時点での実年齢に応じた本人給を受ける労働契約上の権利を有することの確認を求める訴えを却下し、原告らのその余の請求はいずれも理由がないので棄却することとする。

(裁判長裁判官遠藤賢治 裁判官飯塚宏 裁判官塩田直也)

別紙1〜3〈省略〉

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